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子平術(しへいじゅつ)歴史、方法論

  




子平術(しへいじゅつ)は、中国の伝統的な命理学(運命学)であり、日本では一般的に「四柱推命」として知られています。

生まれた年・月・日・時の「四柱」にある8つの干支(八字)を用いて運命を分析する高度な占術です。 

歴史について、唐代から宋代にかけての確立、子平術の歴史は古く、千年前後の文献的裏付けがあります。

起源と発展について、 唐代の李虚中(りきょちゅう)が「年・月・日」の三柱で占う方法を確立し、その後の宋代に徐子平(じょしへい)が「生まれた時間(時柱)」を加えて四柱八字を完成させました。

このため、徐子平は「命学の祖」と呼ばれています。

古典文献について、 宋代の徐大升が著した『淵海子平(えんかいしへい)』が最初の体系的な著作とされ、明・清時代には『三命通会』や『子平真詮』などの名著が生まれ、学問として深化していきました。

日本への伝来について、 江戸時代に『淵海子平』が伝わり、仙台藩の儒学者・桜田虎門が訳本を制作したのが始まりです。なお、「四柱推命」という名称は明治時代の日本人、松本義亮によって名付けられた独自の呼称です。 

方法論について、陰陽五行のバランス(中庸)を重視します。

子平術は、生まれた瞬間に受けた天地の気(陰陽五行)の構成を分析することで、その人の宿命や運勢を導き出します。 

命式の作成(八字)について、 生年月日時から、年柱・月柱・日柱・時柱の4つの柱を立て、それぞれに天干と地支(計8文字)を配します。

日主(自分自身)の特定について、 生まれた日の天干(日主)を自分自身とし、他の干支との関係性(生・克・制・化)を見ます。

五行の旺衰と中庸について、 命式全体の五行(木火土金水)のバランスを判定します。

「子平」の「平」には「中庸(平らであること)」という意味があり、偏った気を整えるための「用神(守護神となる五行)」を見つけ出すことが鑑定の核心です。

格局と通変星について、 月令(生まれた月の季節の影響)を基にした「格局」を定め、比肩・食神といった「十神(通変星)」の組み合わせを分析して人生の吉凶を判断します。 

日本において一般書店で販売されている本は、格局・用神・喜忌には一言も触れられていないし、生時不明のまま、三柱で占っているものすらあります。

中国の歴史おいて子平術が散見されるのは、明代『明史(藝文志』の子部の術数、五行類に「子平」という名称が既にあります。

当初、子平術は、五星と同類視されていました。

五星術は、日月金水木火土の実星を使う中国占星術で、漢代以後流行し、人の生まれた時の星の位置によって運命を占います。

五星術(星宗術)は、唐代中期の張果の『果老星宗(五星命理)』から始まります。

その後、七政四餘と二十八宿を生辰から星図に配して行くものと、子平のように生辰(生年月日時)の八字をもとに占うものとに分かれていきました。

宋朝になるとかなりの数の「三命書」が現れましたが、『宋史藝文志』の中では、まだ「子平」という記述はなく、宋代には「子平」という名称はいまだに使われていなかったと考えられています。

子平の的中率が評判となって来るのは、明朝に入ってからであると推測されます。  

文献的には、明時代の書では、現在、四種の代表的な子平書が残されています。

劉基(りゅうき) 三命奇談滴天髄一卷(さんめいきだんてきてんずい)

雷鳴夏(らいめいか) 子平管見二卷 (しへいかんけん)

李欽(りかん)  淵海子平大全六卷 (えんかいしへい)

萬民英(ばんみんえい)三命通會十二卷 (さんめいつうかい)

『滴天髄』と『子平管見』は、子平の推命方法に関する理論を提示しており、前三書とは根本的に異なった意図のもとに書かれており、理論面から見て純粋に子平推命の確立を指向しているのは、『滴天髄』と『子平管見』の二書のみと推測されます。

『淵海子平』やその他の書籍中に収められている『継善編』は、原始的な格局推命を論じており、一貫性がなく並立して論じられている『淵海子平』の中で唯一格局と用神の関係において論理の統一をもった子平といえます。

『三命通會』の中に『明通賦(徐子平撰)』というものがあります。

この賦は、子平の判断を羅列していますが、その内容は、非常にレベルの高い子平推命理論を展開しています。

しかし、その理論は断片的なものであり、論理統一される前の前時代の子平推命ともみられます。

『命理正宗』は、基本的に『淵海子平』と同様ですが、異なるところは理論面において張神峯の独自な見解がみられることです。

『子平管見』は、上下二巻で構成されており、上巻はすべて七言の詩賦で著されている。そして下巻は賦の形で書かれています。

『滴天髄』は、四言、五言、六言、七言等の詩賦によるすべての書式を用いて書かれており、中国の文学作品としても大変異端的な傾向をもちます。

唐宋時代に既に子平術は、成立していたものの、理論面において完成を果たすのは、明代になってからだと考えられます。

『子平眞詮』は、『淵海子平』の格局を捨て、五行の強弱による月令用神を主体として、全く異なった格局の概念を打ち立てました。

また、『欄江網』は月令(季節)を重視し、調候という概念を主体に判断しようとするものです。

清代の『滴天髄』の刊本は、陳素庵の『滴天髄輯要』、程芝雲の『秘授命理須知滴天髄』、任鐵樵の『滴天髄闡微』の三書が新たに版を変えて出版され、現在に残されています。

清朝以後の子平は、民国の徐樂吾と袁樹珊が多くの著作を残しています。

徐樂吾は、『滴天髄』『子平眞詮』『欄江網』そして『造化元鑰』の四書に注を加えました。

徐樂吾自身の著書には、『古今名人命鑑』『子平粹言』『命理一得』『命理入門』『子平一得』などがあります。

袁樹珊は、『命理探原』『命譜』『滴天髄闡徴』等を残しています。




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