弥勒信仰、ミトラ教.天使七星学.ミトラの秘教占星術について、その歴史・理論・手法
歴史、占星術の夜明けと広まり、書物について、その変遷、イスラーム世界から中世ヨーロッパへ、また、中世ヨーロッパでの展開について、また、その理論と神話伝説
神話、ミトラ単一神教の神話について
アスクレピウス、人間について
歴史、シュメール、古バビロニア、ヒッタイト、ミタンニ、アッシリア、メディア、カッシート、新バビロニア(カルデア帝国)、アケメネス朝ペルシア、アレクサンダー帝国、セレウコス朝シリア、パルティアについて
ミトラ教の秘教占星学(天使七星学)について、その歴史
占星術の夜明けについて、その始まり、占星術の基礎となった天文観測は、シュメールに始まる。
シュメール人は、前5300年頃にメソポタミア南部(現在のイラク中部・南部)に定住し、世界最古の都市文明を築いた。
シュメール多神教はジッグラドと呼ばれる神殿を中心にしたもので、神官たちは暦作成のために天文観測をした。
この天文観測が占星術の始まりである。
シュメールは、前1950年まで続いたが、やがて南からこの地方にやってきたアムル人の建てた国・古バビロニア(前1894~前796年)の支配下に入った。
古バビロニアは、シュメールの多神教と天文観測を引き継いだ。
その上で、天文学・数学・占星術を急速に発達させた。
友愛の神ミトラと七大天使が占星術とが出会ったのは、ミタンニ=メディアの時代(前1700-550年)である。
古ペルシア暦(ミトラ暦)について、こうして生まれたミタンニ=メディアの暦(古ペルシア暦)は、バビロニアの太陰太陽暦と同じ1年12ヶ月の構成を持っていた。
バビロニア暦とのちがいは、各月の名称と1年の始まりだけである。
バビロニア暦は春分の日(牡羊座0度)を一年の始まりとしていた。
しかし、ミタンニ=メディアの国教はミトラ教であり、その最高神(主神)はミトラだったので、古ペルシア暦は秋分の日(天秤座0度)を始まりとした。
秋分の日は、ミタンニ=メディア最大の祝祭であるミトラカーナ大祭の開始日であり、秋分の日から始まるこの月はバーガヤーディBâgayâdiと呼ばれた。
各月の名前はミタンニ=メディア風の名前になっていた。
ミトラと七曜神について、ミタンニ=メディアの国教はミトラ教であったので、神団の中心には大母神ディヴとミトラと原アムシャ・スプンタ(後の七曜神/七大天使)がいた。
大母神ディヴは古代インドの大女神アディティー(無限の意)に相当する偉大な女神である。
原アムシャ・スプンタは、インドのアーディティヤ神群(大女神アディディーの子たち)に相当し、ゾロアスター教におけるアフラ=マズダーの従神団(アムシャ・スプンタ)のモデルになった神群である。
ミタンニ=メディアは、バビロニア暦から学んだ1週7日の各日に、原アムシャ・スプンタを対応させた。
これが七曜神(七大天使)の起源である。
ミトラは太陽神シャマシュ(女神形はシャパシュ)、女神アナーヒターは金星の女神イシュタル、ティールは水星の神ナブ、月の女神マーフは月神シンというように、バビロニアの神々と習合していた。
占星術の広まり、カルデアン・マギの誕生について、アケメネス朝ペルシア(前559-330年)が興ると、ミトラの国メディアも、占星術の発祥地であるバビロニア(カルデア帝国)もともにアケメネス朝に併合された(前550年, 前538年)。
少し遅れてエジプトも併合された(前525年)。
ペルシア人は、メディア人、バビロニア人、エジプト人の宗教や制度には干渉しなかった(連立摂政制・折衷宗教)。
したがって、エジプト多神教、バビロニア多神教、ミトラ教がゾロアスター教と住み分けるかたちになった。
ペルシアの祭司(ヘールバド)はバビロニアと新しく接触したばかりだったこともあり、神々の習合を認めなかった。
これに対し、メディアとバビロニアの神々は古くから習合していたので、自然と両者の結びつきは強まり、カルデアン・マギが誕生した。
ヘレニズム、アレクサンダー大王の東方遠征について、ギリシアの北方マケドニアで生まれたアレクサンダー大王の東方遠征で、アケメネス朝は滅び、ヘレニズム時代が始まった(前330年)。
この時期に、占星術にとってきわめて重要な四つのことが起きた。
①アレクサンドリアの大図書館の誕生
②ミトラ教国家パルティアの誕生
③西方ミトラ教の広まり
④マギ文書の流布
アレクサンダー大王 Αλέξανδρος ο Μέγας, 356-323 B. C.。
アレクサンドリアの大図書館の誕生、ニネヴェの大図書館の占星術資料の写し一式が、エジプトに建設されたアレクサンドリアの大図書館に収められた(前332年)。
マギ文書(後述)の写しも、後からアレクサンドリアの大図書館に収められた。
ミトラ教国家パルティアの誕生について、ヘレニズム王朝の一つパルティア(前250-後226年)はミトラ教を国教にした。
パルティアはミトラ信仰を奨励したので、パルティアの周囲にはポントス王国、コマゲネ王国、アルメニア王国、カッパドキア王国、バクトリアというミトラ教国家が誕生した。
西方ミトラ教の広まり、パルティアのミトラ教奨励政策の下、パルティア西端で西方ミトラ教が生まれ、ローマ帝国全域に広まった。
西方ミトラ教は、占星術の宗教であり、黄道十二星座と七惑星の象徴体系を世界中に広める原動力になった。
西方ミトラ教がなければ、こんにちの十二星座も七曜もなかったと言っても過言ではない。
パルティアのミトラ教奨励政策のもとで生まれたのは、西方ミトラ教だけではない。
西方ミトラ教の誕生とほぼ同時期に、パルティアの東辺では弥勒信仰が、パレスチナではメタトロン信仰とキリスト信仰が生まれている。
マギ文書の流布、ミトラ教とともに占星術がマギ文書(正確にはマグサイオイ文書)というかたちで、地中海世界に広まった。
マギ文書を記したのは、ギリシア語に堪能なミトラ教のマギである。
マギ文書の中には、ゾロアスターに帰せられる占星術書『星の鑑定』『自然について』『マワーリードの書』、経典『カルデアン・オラクル』『ゾストリアノス』などが含まれている。
これらの文書の中でゾロアスターはミトラ教の創始者にして占星術の師とされている。
欧米の占星術書がヘレニズム占星術あるいはギリシア占星術として表現しているものの中核は、ここに述べたミトラ教の占星術である。
ギリシアの貢献、ギリシアにおける哲学と自然科学の伝統は、ミレトスのタレスに始まる。
占星術・天文学とこれらに関する神智学に関していえば、○ピタゴラス、○ペリクデス、○プラトン、クニドスのエウドクソス、アリスタルコス、ヒッパルコス、○ポシドニウス、○ポーフィリー、○プロクロスなどがいる。
このうち、○印を付けた人物は、何らかのかたちでミトラ教に関係している。
占星術を伝える書物、顕教占星術の書、西暦1世紀頃になると、上述のマギ文書やマギからの伝聞をもとに、ドロテオスの『五書』、マニリウスの『アストロノミカ』、プトレマイオスの『テトラビブロス』、ヴァレンスの『選集』、マテルヌスの『マテセオス』、パウルスの『序論』といった占星術書が記された。
これらの著者は、アラビックパーツの発明者ではない。
これらの書物は、これらが記される以前にアラビックパーツが確立されていたという事実と、カルデアン・マギの占星術の中心技法がアラビックパーツであったことを伝えているが、その奥義(理論)については何も伝えていない。
秘教占星術の書、ミトラ教の秘教占星術の奥義(理論)を伝えているのは、これらとは別系統の書物、すなわち『ヘルメス文書』と『ラテン語アスクレピウス』である。
『ヘルメス文書』は当時の秘教派の人々の間に流布していた文書であり、ミトラ教の神話と太陽神神学の強い影響が随所に見られる。
実際、『ヘルメス文書』と『ラテン語アスクレピウス』は、バビロニア・メディア(クルディスタン)・小アジアに広まるミトラ神話をヘレニズム化してコンパクトにまとめたものという学説がある。
占星術の受難、ローマ帝国はキリスト教を国教化(339年)して、異教禁止令(392年)を出した直後に東西に分裂した(395年)。
西ローマ帝国は、東西分裂直後の410年に滅びた。これにより、西ローマ帝国だった地域から占星術が失われた。
東ローマ帝国(ビザンティン帝国)は1453年まで存続した。
当初は、エジプト、シリア、小アジア半島、バルカン半島南部にかけての地域を支配していたが、次第に縮小し、最後はギリシア部分だけになった。
こちらには、占星術書の写本が多数あった。
その中には西方におけるミトラの秘儀の完成者とされるポシドニウスの著作も含まれていたが、ミトラ神話(占星術的創世神話)や宇宙論を記した個所は、ポシドニウスの著作を含め、ごく少数の例外を除いてすべてがキリスト教徒により破壊・削除された。
ただし、占星術そのものはしばしば厳しい批判にさらされながらも使われた。
イスラーム世界から中世ヨーロッパへ、亡命者たち、ビザンティン帝国領内での異教弾圧で迫害された人々やキリスト教会内部の宗派抗争で敗れた人々は東方(西アジア)に逃れた。
このとき、ギリシア哲学・天文学・自然科学・医術の書物とともに、占星術書も持ちだした。
翻訳、8世紀から9世紀にかけて、これらの人々の持ちだした書物の翻訳センターとなったのは、トルコ南西部の町ハランである。
ハランは、296年以降はササン朝の領土だったことと、ギリシア=ローマ文化をアラブ世界に受け入れる入口(翻訳センター)としての機能を担っていたので、イスラーム時代になってからも、西方ミトラ教(サービア星教)の町であった。
当時、ハランは占星術の大センターであったので、中世イスラーム圏の占星術師はみな、ここで占星術の教育を受けた。
教育を終えた者は、バグダッドとダマスカスに行って王侯貴族に仕えたので、ハラン、バグダッド、ダマスカスがイスラーム時代の占星術の三大中心地になった。
ハランで教育を受けた天文学者・占星術師の中で最大の偉人は、タジク人のアブー・マーシャルである。
アブー・マーシャルは、秘教的な創世神話については何も書き残さなかったが、それを前提とするアラビックパーツ占星術の詳細な技法書『占星術序論抄』と周期論(惑星回帰法)を応用した政経占星術の書『歴史占星学』を残した。
十字軍とモンゴル軍、十字軍戦役(1096-1291年)が始まると、戦場となった地域――パレスチナ、ヨルダン、シリア、ビザンティン帝国(小アジア半島)――にあった占星術書のほとんどは焼失した。
このような悲惨な状況の中で、アラビア語・ペルシア語で記された占星術書のいくつかは西欧に渡って、ラテン語に訳された。
ハランは十字軍戦役を生き延びたが、モンゴル軍の侵攻により灰燼〔かいじん〕に帰した。
逃げのびたハランの人々は、アレウィー派として自らを再興したが、占星術書は失われた。
この結果、古代の占星術に関する資料は西欧に持ちだされたものとハランの外に持ち出されていたアラビア語・ペルシア語の書物しか残っていない。
中世ヨーロッパでの展開、その1秘教とタロットについて、少し話を西アジアに戻す。
西アジア全域がイスラーム化すると、クルディスタン(トルコ東部、イラク、およびイラン西部)のミトラ教はシーア化し、ミール派イスラーム(サービア星教、真サービ教、イェジディー派、アフレハック、アレウィー派などがあり、別名をヤズダン教と言う)になった。
このとき、七曜神は七大天使に変わった。
現代のミトラ教(ミール派イスラーム)の七大天使について
10世紀になると、彼らはヨーロッパとビザンティン帝国にいたボゴミール=カタリ派を支援するようになった。
ボゴミール=カタリ派は、東方ミトラ教(マニ教)の一派で、そのシンボルは十字架ではなく、太陽である。
彼らは、ミトラ神話にキリスト教的な装いをほどこして、東欧、北イタリア、南仏に広めていた。
ボゴミール=カタリ派は、大きな勢力になった。
しかし、アルビジョア十字軍(1208-1213年)によりカタリ派が壊滅したため、それ以後は東欧のボゴミール派だけになった。
ボゴミール派は、ビザンティン帝国がオスマン=トルコ帝国により滅ぼされる(1453年)と、それに協力した報酬として独自の荘園を与えられ、スーフィー教団になった。
カタリ派の神話や教義哲学は、西洋占星術よりはむしろ、タロットに反映された。
こんにちの欧米では、タロットのすべてがカタリ派起源であるとは言わないまでも、カタリ派が起源の重要な一つであることが広く支持されている。
最古のタロットは、ヴィスコンティ・スフォルツァ版Visconti-Sforza Tarot Cardsであり、15箱250枚ほどが見つかっている。
発見された場所は、カタリ派の拠点であったイタリア北部の町ミラン、推定制作年代は1420~50年ごろである。
ミランはカタリ派の勢力圏の中心部に位置しており、イタリア最大のカタリ派共同体「アルバネシス共同体」Ecclesia Albanesisがあった。
ヴィスコンティ版がつくられた頃もまだ小規模な共同体が北イタリア各地に残っていた。
ボゴミール=カタリ派のつくった文化的土壌は、中世ドイツにおいて、秘教的な七光線と惑星哲学(ベーメ神智学)を生んだ(16-17世紀)。
ベーメ神智学は、中部ヨーロッパの主要な秘教哲学になり、近代エソテリシズム(神智学・人智学)にも取り入れられた。
歴史、その2 占星術について、十字軍の時代(1096-1291年)に、占星術書のいくつかは西欧に渡った。
その中にはプトレマイオスの『テトラビブロス』(1130年頃にラテン語訳化)やアブー・マーシャルの『占星学序説抄』(1133年頃にラテン語訳化)などが含まれる。
約200年後、ビザンティン帝国が滅亡(1453年)すると、上流ギリシア人が難民として大量にイタリアに逃れた。
彼らは占星術書のギリシア語原典を持ちこんだ。
これらはすぐさまラテン語に訳された。
これらをもとに、西欧独自の占星術が発達した。
そのようなものの一つに、イタリアの天文学者・占星術師のボナッティによる『天文の書』がある。
この第五書はウィリアム・リリーの手で英訳されて『天文の霊:占星術師の手引』という表題で刊行され(1676年)、英米におけるアラビックパーツの重要な手引書になった。
理論について、資料、西方ミトラ教の占星術理論を伝える資料には、次のようなものがある。
(1)『ケウル-ミトラ聖典』に収録されているもの
①西方ダウル記1(創世神話) 11-15
②西方ダウル記2(星座年代記)
③マテセオス(マテルヌス著)
④ミトラの秘儀46-58 …プラトンの『ティマエウス』『国家』『パイドロス』の全重要個所を抜粋収録
(2)『ケウル-ミトラ聖典』に収録されていないもの
①西方ミトラ教の資料の中に残っているホロスコープ
②ヘルメス文書
③ラテン語アスクレピウスⅠ~Ⅲ
④占星学序説抄(アブー・マーシャル著)
⑤歴史占星学(アブー・マーシャル著)
⑥占星術の手引(ボナッティ著)
理論について、ここでは、古典に基づいて理論を説明する。
十二星座は、牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、蠍座、射手座、山羊座、水瓶座、魚座という連続する十二の星座からなり、帯状に地球を取り巻いている。
星座の性質は、下表のように整理されている⇒表「十二星座の性質」。
十二星座は、これらの性質を万物に授ける。
たとえば、牡羊座なら四区分の火の性質、三区分の運動の性質、二区分の男性の性質、昼夜の夜の性質、四季の春の性質を与える⇒『占星学序説抄』『アストロノミカ』『テトラビブロス』。
これらの性質は、一定不変なので、十二星座は恒常因〔こうじょういん〕あるいはイデア(原像)と呼ばれる。⇒『ケウル-ミトラ聖典』の「ミトラの秘儀」49-50;「マテセオス」2;「ヘルメス文書XVI」;「アスクレピウスⅢ」
七惑星は、七曜神〔しちようしん〕と呼ばれ、時の流れに応じて成長・老化するもの、すなわち生き物の身体をつくりだす。
七惑星のつくりだす身体は、時とともに変化する――成長し、その後に老衰する――ので、変動因〔へんどういん〕と呼ばれる⇒『ケウル-ミトラ聖典』の「西方ダウル記1」11-12;「ミトラの秘儀」49, 51;「マテセオス」2;「ヘルメス文書XVI」;「アスクレピウスⅢ」。
七惑星は、基本的な性質・特徴を与えるだけで、個々の人間の運命にはあまりかかわらない。
元素には、虚空(アイテール)、風、火、水、地の五種類がある⇒「ヘルメス文書XVI」;「アスクレピウスⅢ」。虚空からは霊が、風と火からは魂が、水と地からは身体がつくられる。
人間は、霊、魂、体の三つからなる存在である⇒『ケウル-ミトラ聖典』の「ミトラの秘儀」52。
霊をつくりだすのは、太陽神ミトラである。
ミトラは恒星の一部をとりわけて霊をつくりだす。
霊は永遠不滅で、人間には明性(光のかけら)として分け与えられている。⇒『ケウル-ミトラ聖典』の「ミトラの秘儀」52, 54。東方神智学(近代エソテリシズム)では、預言者魂(アートマー体)あるいはモナド(分神霊)と呼ばれている。
魂は、霊と身体をつなぐもので、霊を受け入れ、身体を養育する⇒『ケウル-ミトラ聖典』の「ミトラの秘儀」52。
魂は、風と火の元素でつくられている。
風の元素から聖者魂(ブッディ体)が、火の元素からは人間魂(メンタル体)がつくられる。
魂は、地上で生活する間に、食物の消化を通じて取り入れた光のかけらを吸収して成長する。
一度の人生で成熟することはまれで、たいていは十分に成熟するまで、輪廻転生をくりかえす。
十分に成熟した霊魂は、その原像となっている恒星に帰る⇒『ケウル-ミトラ聖典』の「西方ダウル記1」19;「ミトラの秘儀」55;「ヘルメス文書XVI」;「アスクレピウスⅢ」。
身体は、太陽神ミトラが、十二星座を原像として、友愛の光で風、火、水、地の四元素を混ぜ合わせてつくる⇒『ケウル-ミトラ聖典』の「マテセオス」4。
その際、七惑星が彼らの性質を分け与える。
身体は、成長した後に老化し、最後には分解し土にもどる⇒『ケウル-ミトラ聖典』の「西方ダウル記」12;「ミトラの秘儀」51-52;「マテセオス」3-4;「ヘルメス文書XVI」;「アスクレピウスⅢ」。
四元素のうち、風の元素からは聖者魂(ブッディ体)が、火の元素からは人間魂(メンタル体)が、水の元素からは動物魂(アストラル体)が、地の元素からは生気体(エーテル体)と物質体(肉体)がつくられる。
ヘレニズム時代には、魂は火と風から、身体は火風水地からつくられるとされていたが、中世以降の東方神智学では、聖者魂と人間魂と動物魂は魂、生気体と物質体だけが身体と分類されるようになった。
ここではヘレニズム時代の話をしているので、下表は、ヘレニズム時代の分類に従っている。
アセンダントは、魂と身体をつなぐ⇒『ケウル-ミトラ聖典』の「ヘルメス文書XVI」;「アスクレピウスⅢ」。
今日の占星術では、子宮から出た瞬間を出生時間として、アセンダントを算出するが、古代より真の出生時間は受胎の瞬間であるという説がある。
守護星、第二種アラビックパーツを算出する際の基点となる⇒「ヘルメス文書XVI」;「アスクレピウスⅢ」。出生時間、出生日の曜日、出生地の緯度・経度により定まる。
いい意味でも悪い意味でも、その人の人生のすべてに大きな影響を与える。
宿命のダイモーン群(第二種アラビックパーツ)、人間の肉体にはたらきかけ、個人の運命に大きな影響を与える。
幸運をもたらす時もあれば、困難をもたらす時もある。七惑星よりも人生に強い影響を与える⇒「ヘルメス文書XVI」;「アスクレピウスⅢ」。
七光線(七大ロットあるいは第一種アラビックパーツ)、人間の魂にはたらきかけ、その人の運命をよい方向に導く。
七惑星や宿命のダイモーンより強い力を持っている⇒「ヘルメス文書XVI」;「アスクレピウスⅢ」。七光線は、四元素ではなく、虚空でできた明性に直接作用し、朝日の力、松果腺(松果体)の力を最大限に利用する。
ヘレニズム時代の占星術では、七大ロットと呼ばれていた。
物質面の幸運では真珠が、精神面の幸運では手紙(別名アガトダイモーン)がとりわけ重視される。
朝日の力、ローマ帝国の皇帝にしてミトラ教徒・神智学者だったユリアヌス帝は、『王なる太陽神に捧げる讃歌』の中に朝日が意識を覚醒させる効果を持つと書き記している。
ユリアヌス帝の述べた朝日の効果は、こんにち松果腺(松果体)と呼ばれる内分泌器官のはたらきと結びついていることが知られている。
松果腺(松果体)の力 しょうかせん(しょうかたい)。
pineal gland(pineal body)。
脳にある小さな内分泌器。
脳の中央(二つの大脳半球の間)にある。ホルモン(メラトニン)を分泌し、概日リズム(二十四時間周期の生理リズム)の狂いを調節する。
性機能、冬眠、新陳代謝、ニューロンの感受性の規則化に大きな役割を果たしていると考えられる。
聖宮に松ぼっくりの彫像として祀られている。
ミトラ教のホロスコープ(星座ハウス一致方式)の解読について、解読において、こんにちの西洋占星術と大きく異なるのは、つぎの二点である。
(1)運勢に与える影響は、惑星より七大ロット(宝)の方が強い。
(2)惑星の品位は、アスペクトよりも強い影響力を持つ。
アスペクト、ヘレニズム時代(ローマ帝国時代)のミトラ教の秘教占星術におけるアスペクトは、こんにちの西洋占星術と基本的には同じである。
ただし、オーブ(角度の許容値)はもっと広い。
三世紀頃からイラン本土の占星術はインド占星術の強い影響を受けて、アスペクトを見るとき、その方向性を考慮するようになっていたので、ミトラ教の秘教占星術も方向性を考慮していた可能性がある。
アスペクトを見るとき、その方向性を考慮する 太陽と木星がトリン(120度)の場合、太陽が木星から受ける作用と、木星が太陽から受ける作用は異なると考える。
この考え方を採用すると、大運表の見方は大きく変わる。
転生の目的の達成、今回の転生の目的がいつどこで達成されるかを占うときに使う。
手順としては、まず下記の定義式を使って、生命のパートを算出する。
生命のパート=ACS+(月-出生直前の満月または新月の先に起きる方)
その上で、次のことを調べる。
(1)生命のパートにソーラーリターン図、進行図、トランシット図の惑星の惑星がアスペクトしているかどうかを調べる。吉星からのよいアスペクトがあれば、転生の目的を遂げることができる。
(2)生命のパートにソーラーリターン図、シナストリーの相手の出生天球図の惑星がアスペクトしているかどうかを調べる。吉星からのよいアスペクトがあれば、転生の目的を遂げることができる。
(2)は霊的な相性判定の手法でもある。
大運表、一星座七年法について、図のホロスコープから大運(一生の運勢の流れ)を読み取るときには、一星座七年法を使う。
これは、いわゆる一星座N年法と呼ばれる手法の一つである。
ミトラ教の場合、7を神聖数とするので、Nのところが7になっている。
ミトラの秘儀も、これと同じで、七歳でコラックスの位階に入り、その後七年単位で位階を一つずつ上がっていく。
実際に大運を見るときには、ホロスコープをもとに表のようなカルデア式大運表を作成する。
一星座N年法、英語ではプロフェクションprofection。プトレマイオスの『テトラビブロス』には、一星座一年法が記されている。
三天使、表には、堕天使、守護天使、本命天使の三天使が記されているが、ヘレニズム時代(ローマ帝国時代)のミトラ教の秘教占星術にはない。
この代わりに、守護星がある。
アラビックパーツは、適宜使う。
神話、アスクレピウス、人間について
ヘルメス: アスクレピウスよ、人間の魂はすべて不死である。
しかし、すべてが同じ種類ではない。
異なる魂は、異なる方法でつくられている。
魂の性質には差異がある。
ヘルメス:アスクレピウスよ、汝はなんと早く真の教えを忘れてしまったことか!
わたしは汝に以前、すべては一つであり、一なるものが万物であり、万物が創造されるまで、それらはすべて創造者の内にあったと教えたことをもう忘れてしまったのか?
創造者こそが万物であり、万物はその一部にすぎないと言ったはずだ。
そのときの対話で、一なるものが万物であり、万物の創造者であると教えたはずだ。
あの時の対話を思い出すがよい。
天からあらゆるものが分化した・・・。
大気は大地と水に入り、火は大気に入った。
天界に昇る力を持つものは、生命を与えるものだけである。
大地に下降しようとするものはみな、この生命を与えるものに従っている。
上から下に降りてくるものはみな、子孫をつくろうとする。
下で生まれて上に昇ろうとするものは、養育する。
大地はそれ自身の座にどっしりとかまえており、子孫をつくろうとするものすべてを受け入れ、受け入れたものすべてを育てる。
このすべては、前にも述べたが、魂と肉体を持つ。
魂と肉体はともに自然の内にいだかれており、自然のいとなみ(惑星の回転)により動かされている。
この自然のいとなみにより、万物の内に秘められているさまざまな性質が表に現れて具体化し、無数の個物になる。
このように、万物のうちの性質の差が個物に個性を与えるのだが、万物は全体に結びついているので、すべては一つなのである。
万物に形態を与えるのは元素である。
元素には火、水、風、地の四つがある。しかし、物質は一つ、魂は一つ、神は一つである。
では、汝の思考力と知性の鋭さのすべてを動員して、全注意をわたしに向けなさい。
神がどのような存在であるかを説く教義を理解するには、それだけの意識の集中が必要だからである。
太陽神、天には、あらゆるものの肉体を支配する一人の神(=太陽神)がいる。
この神は感覚(五感)でとらえることができる。
肉体の成長と老化を司っているのは、太陽と月である。
天とそこにあるすべてのものを支配しているのは神である。
この神が自然のいとなみを通じて、すべての生き物に肉体を授けたのだ。
神は、天体(恒星)から物質の中に魂を流し込んだ。
魂は物質の中にあるが、その本来の座である天体とのつながりが切れているわけではない。
神は魂を流し込む前に、自然の中の四元素を使ってその受け皿となる肉体をつくった。
原像と個的存在、あらゆる生き物は、天にいる諸力により生かされている。
天にいる諸力の与える力がどのように配分されているかをこれから説明する。
個としての存在はみな、その元となる原像からつくりだされる。
すべての個的存在は原像の一部であり、原像は個的存在の集合体である。
それゆえ、神族の原像からは神々が生まれる。
ダイモーン族の原像からはダイモーンたちが生まれる。
人間族の原像からは人間が、鳥族の原像からは鳥たちが生まれる。
天には神々がいる。
神々は不死である。
ダイモーンたちは、地上と神々の住む天の間に住む。
神々だけは不死だが、その他のものはそうでない。
原像だけが不滅で、個々のダイモーン、人間、鳥、獣などは不死ではない。生と死をくりかえす。
あらゆる個的存在はみな、その原像に似ている。
個的存在は他の原像に結びつくこともある。
自分自身の原像から自由になったダイモーンたちは、神族の神々と親しくなって友になると、神族の原像と結びつく。
このようなダイモーンたちは、神ダイモーンと呼ばれる。
人間と親しくなったダイモーンは、人間の友ダイモーンと呼ばれる。
同じようなことは人間にも起きる。ダイモーンの場合よりももっと幅広く起きる。
肉体、魂、意識、動物は魂と肉体を持っている。
それゆえ、二種類の食べ物が必要である。
一つは魂のための食べ物で、もう一つは肉体のための食べ物である。
魂は、二つの高級な元素――火と空気――からつくられ、その休みない運動により養育される。
肉体は、二つの低次の元素――水と地――からつくられ、養育される。
意識は、第五元素であるアイテール(虚空)からつくられ、人間にだけ与えられた。
魂を持つ生き物の中で、人間だけが認識力を持つのは、この意識のおかげである。
意識が魂を強め、高め、高揚させてくれるので、われらは神についての知識を持つことができるのだ。
魂を持つ生き物の中で、人間だけが二重の性質を持っている。
人間の一部は単一でこれ以上分解できない。
この部分は、不死で不滅である。
我々はこの部分を「神(=太陽神)に似せてつくられた部分」と呼ぶ。
もう一方は、四重で物質的である。先に述べた神聖な部分は、この内にある。
太陽神と人間、万物の創造者にして支配者である存在(至高神)は、子なる神をつくった。
我々は、この子なる神(=太陽神)を五感で理解することができる。
至高神は、この子なる神――至高神の独り子――が美と善のかたまりであることを知って大いに喜び、子なる神を深く愛し、自分のただ一人の子であるとした。
至高神は、この美しく善良な子(=太陽神)を讃える存在が必要だと考えた。
人間は最初、肉体を持たない不死の存在としてつくられたが、物質でできた肉体に包まれないと、その役割を果たせないということに気づいた。
そこで、人間は地上に降ろされ、肉体の中に住まわされた。
そして、すべての人間が同じように肉体を持つように定められた。
人間は天上的な部分と地上的な部分の両方を持つので、二つの要求、すなわち神を讃えることと、地上のすべてを管理することの両方が可能になった。









